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ー第3章ー 3.The greatest hate proceeds from the greatest love

Author: 土浦タカ
last update publish date: 2026-09-12 21:17:55

サン=ポウルでの学園生活が再び始まった。

旅行は楽しかったが此処に居るのも気持ちが落ち着く。

今後は学生生活を送りつつモデル活動も平行してやっていくため、学院に特別補講の申請をする。主に芸術、スポーツ、役者など外部での活動を精力的に行う生徒のための教育制度の一環だ。

校長のシャルル・ボドリィからは「モデル活動をする生徒はイレヱヌが初めてですよ」と微笑わらいかけられ、少し誇らしいような照れ臭いような複雑な気持ちになった。学生生活女子寮の談話室にある衝立パアテエションで作られた小さなソファや卓子テエブルのある空間で小説を読んでゆっくりとしていると

「ねえイレヱヌ、春休みはセシルと旅行に行ったんだって?」と声を掛けられる。同級生のアンヌ・ベッソン、ジュリエット・サンダースだった。

「うん。オリエント急行に乗ったの」とイレヱヌは同意すると、「ええっ飛行機じゃなかったの!?」とアンヌが驚いた。オリエント急行は今は斜陽なのだから当然だ。「アガサ・クリスティの本を読んでどうしても乗ってみたくって」と云うと「良いなあ、楽しそう!」とジュリエットが目を輝かせる。「凄く楽しかったよ。インテリアは素敵だし、食事も美味しかった!あとヴェネツィアは綺麗な街だから若し行ったことがないなら一度は行くべきだと思う」とイレヱヌが力を込めて語ると二人とも興味深々で耳を傾けた。

「オリエント急行か……私は行けるかな……」とアンヌがぽつりと呟いた。とても淋しそうな顔をしている

「アンヌは行けないかもしれないの?」と不思議になり訊いてみると「私は卒業後に結婚するかもしれないから……そうなったら気軽に自由な旅行は楽しめないと思う」と言うので驚いた。「そうなの?てっきり大学進学かと思った」というイレヱヌにジュリエットが「アンヌの家は女性は学生の内に婚約、結婚するのが代々の習わしらしいの」と答える。「今時そんなことするんだって驚いちゃうよね」と肩を竦めるジュリエットに、イレヱヌも頷いて同意する。そして結婚後に其れほど自由が制限されてしまうと考えているアンヌが哀しかった。「イレヱヌが羨ましい。好きな人と恋人になって二人で旅行に行けるなんて」アンヌが哀しそうに微笑んで、ジュリエットが慰めるように腕を撫でた。自由に恋愛をして、自分の進路を進むことが此の世界では当たり前ではない。イレヱヌは思い知らされた。

「そういえば……イレヱヌ……」くるりとジュリエットがイレヱヌの方を振り返り悪戯っぽい笑いを浮かべた。「もう……したの?」ジュリエットの表情で何を指しているか|理解《わか》り硬直してしまった。「ジュリエット、其の話はちょっと……」とアンヌが慌てて窘めるが「何で?イレヱヌ達はもう付き合って何ヵ月か経ってるよ?恋人だったらしてておかしくないでしょう?」と不思議そうに答えた後に「多分もうしてるよね?やっぱり痛いの?」と声を潜めながら訊いてくる。アンヌは戸惑いながらも好奇心は隠しきれない様子で耳を傾けた。「最初は混乱パニックで正直何も分からなかったかな……」とようやっとイレヱヌは答えた。

「そうなんだ……何回かすると好きになるって本当なの?」となおもジュリエットは質問を重ねる。そういえばジュリエットは意外だがまだボオイフレンドは作っていない。時々デエトする相手はいるものの特定の相手はまだ決めかねていると聞いたことがある。ボオイフレンドを作る前に少し知っておきたいのだろう、とイレヱヌは察した。

「其れは人によるんじゃないかな?あたしは相手がセシルだから嫌とは思わないけど特別したいとか必要にはまだ感じてないかな……」思案しつつ答えた。「そうか、其れはそうよね」とジュリエットは納得したように頷いて「ねえ、二人っきりとか、のセシルってどんな感じ?」と再び目を輝かせて訊いてくる。芸能人であろうと同級生であろうと女性という生き物は人様のロマンスには飽くなき興味を示す。

「二人っきりの時はそんなに変わらないかな?最中は……」うーんと思案しつつ「なんか凄く甘えん坊な子供みたいかも?」と感想を述べる。「へええ!甘えてくるの?」とジュリエットが興味深々といった様子で聞き入り、アンヌも顔を赤らめながら話を聞く。

「甘えるっていうより我が儘になるって感じかも」とイレヱヌは答えた。女同士ではこの手の話題が大変盛り上がる。夜になるまで延々と話をしてしまった。イレヱヌは好きではない相手との結婚も望まない進路を進むことも御免だと改めて思った。

新学期が始まった。

この日は通常の授業だけでなくお互いの文化を知っていくという授業のため、其々の母国の伝統料理について発表していくという授業があった。

シリルの番になると、イレヱヌの後ろの席で黒髪に橄欖オリィブがかった肌の色をした伊太利人のレナート・トルナトーレが「英吉利料理なんて有るのかよ…」と思わず呟く。

それを受けて「英吉利料理はありません。発表を終わります」と鼻と眉のしっかりした西班牙スペイン人のエンリケ・フェルナンデスが澄ました顔でシリルの物真似をし、「素晴らしい発表をありがとうございます。Mr.ベネディクト」とレナートが先生の真似をした。

イレヱヌ達は必死で笑いを堪えた。シリルの親友のヘンリイ、エドガアまで笑いを堪えている。シリルに聞こえてしまったのか、ひきつった笑いを浮かべて「我が国の伝統料理は素材の味を生かしたシンプルな味わいが特徴です。代表にはロオストビイフ、シェパアズパイ、フィッシュ&チップス等があり主食は薄くスライスされたトオスト、米や小麦で作られたプディングが一般的です」

(シンプルというより味気ないとか味つけしないと言ったほうが正しいんじゃないかな)

イレヱヌに素朴な疑問が湧いてくる。シリルは続けて英格蘭イングランドには印度料理、中華料理が多く存在することと歴史的な背景についても説明をしていく。結局英吉利料理と呼べるものは余り無いんじゃ、と疑問に思いつつふと後ろを見るとレナートがアンヌに何か手紙を渡している。アンヌが中身を確認して頬を紅くしていた。二人の様子が気になっていると、シリルが此方の方に視線を向けているのに気付いた。シリルもアンヌ達の様子が気になっているのかと思ったが、其れにしては熱を帯びた眼差しだった。軈てそれは自分に向けられた視線だと気が付き、慌てて手元のノオトに視線を落とす。

「さっきレナートはアンヌに何を渡してたのかしら?アンヌの反応からしてラブレタア?セシルは何か知ってる?」授業が終わり、イレヱヌとセシルは廊下を移動していた。

「ああ、レナートはデエトに誘ったんだよ」ふふっと笑ってセシルが答える。「デエトなんだ。レナートがアンヌを好きってちょっと意外」「確かに。アンヌは真面目だしレナートは何時もふざけてる感じだもんね!」

セシルは大笑いをした後に「でもレナートは本気らしいよ。僕レナートに女の子とデエトするなら何処が良いかとか手紙の内容は此れで良いのかとかアドバイス求められたし」そう言ってセシルは悪戯っぽく笑って見せた。

「Oh là là !レナートったらそんなことしてたんだ」イレヱヌは目を輝かせる。我が事ではない恋愛の話とは何故こうも気持ちが高揚するのだろう。「レナートとアンヌ、上手く行くと良いね。」心からそう願った。自分が望んだ相手と望んだ恋愛をしているからこそ、尚更そう感じるのだろう。セシルは頷きながら「卒業迄が制限時間タイムリミットだね」と言った。

「其れまでにレナートがアンヌの実家に認めて貰わないと」

「そうね。あたし、正直今時そんな結婚観の家が有るなんて知らなかった……」とぽつりと呟いた。そうだ、何も知らなかった。自分が恋愛というものも理解わからず、未來のことも思い描けず漠然と生きていた時に既に未來が確定していて自分の意思では変えられない子達がいるだなんて知ろうともしなかった。未來について確定している事など何もないが、其れでも自分で決めて掴みとりたい、イレヱヌは珍しくはっきりと自分の意思でそう感じた。

セシルは暫し沈黙した後に「此の学校でも今時は珍しいんじゃないかな?」セシルは思案しながら言った。

「そんな家ばかりではない筈だよ」そう言った後にイレヱヌの顔を覗き込み、にんまりと笑いながら「シリルの家は、恋愛結婚はしない家柄だったと思うけど」と付け加える。「ああ、シリルの家は納得する。代々政治家になる家柄だよね」後継者が常に必要な家柄ならそうだろうな、と腑に落ちる。「あれっイレヱヌ興味無さそうだね?」セシルが少し意外そうに言った。

「無いよ。あたしシリルの恋人でも友達でも無いから関係無い」無感動にそう答える。実際に興味が無い。自分とシリルは卒業後も関わることなどきっと無いと分かるからだ。昔ほど険悪な仲ではないので好きな相手と結婚出来たら良いな、位に思っている。

「そうなんだ?シリルは傷付くだろうね?」ふふっと口角を片方だけつり上げてセシルは笑った。じっとイレヱヌの事を見詰めている。「ねえイレヱヌ、其れって本心なの?」「え?」「本当に関係無いって思ってる?」セシルが何を言いたいのか解らず困惑すると、「シリルはまだイレヱヌの事が好きなのに、そう思うの?」とセシルは目を逸らさずに訊いてきた。何だか面倒くさい話になってきた、と思った。未だにそんな話をするセシルに辟易する。「セシルまだそんな話するの?」思わずうんざりしながら言葉を溢すと「だって、アンヌ達の事情は僕達にだって他人事では無いかもしれない」と真顔で答えた。「イレヱヌ、僕達が何時までも一緒にいられると信じてる?」一体何を言い出すのか、とイレヱヌは訳が分からない。「どういう事?」と訊くと「イレヱヌのパパとママがシリルの事気に入るかもしれないじゃない?」「イレヱヌのパパは偉い人だし?」と言葉を続けた。

「彼奴の家は家柄が良いよ?資産も有るし。僕は両親が離婚してママは心の病気になってしまったし?彼奴がイレヱヌのパパとママにお見合いを申し込めば許してくれるかもしれないじゃない?」と嗤って言った。セシルの目は真っ黒になっている。目の前が真っ赤になった。そんなこと有るわけ無い。自分の両親をそんな風に思っていたのか、セシルに対するイレヱヌの想いなど其の程度だと思われていたのか、その考えで頭が一杯になった。唇の震えが止まらない。咄嗟にセシルの頬を張った。人に暴力を振るうのは初めての事だ。掌にじんと熱を帯びた痛みを感じる。手の震えが止まらない。はあ、と重たい息を吐き出すと其のまま踵を返し自分の部屋に帰る。セシルは何も言わず、唯その場に立ち尽くすのみだった。

荒々しくドアを開けて寝台ベッドに潜り込んで胎児の様に丸まった。掛布団デュベにくるまってようやっと泪が零れた。此の泪は一体何に対するものなのかも理解わからない。怒りなのか、悲しみなのか、其れとも将来への不安からなのかすら。イレヱヌはその日一日休むことにした。もう何も出来る気がしなかったからだ。

次の日はセシルと顔を合わせる気にもならなかった。

朝食にも朝の授業を終えてもセシルの姿は見当たらない。どうせ今日もさぼりだろうと思い探す気にもならなかった。ビュッフェで朝食を摂りながらジュリエットとアンヌにセシルと何かあったのかと訊かれたため、あった。此方から謝ることは絶対に無いとだけ伝えると二人とも驚いた顔をした。「セシルから謝ることは無いんじゃない?」とジュリエットにから心配をされたが其れなら其れで良い、とイレヱヌは思う。あんなことを言われた挙げ句謝罪さえ無いならどのみち自分達の関係は永くは続かないだろう、と思った。

(セシルなんて、もう知らない)イレヱヌは心中で吐き捨てる。(あたしにだって、その気になったら相手を選ぶことくらい出来るのよ)自分のこういった所がセシルに不審を与えてしまうのだろうがそんなことはもうどうだって良かった。亜米利加にいた頃に“最大の憎しみは最大の愛から生まれる。”という言葉を聞いたことがあった。其の時は、此の言葉の意味を本当には理解出来ていなかったが、其れは此のような心情を指すことばなのかもしれない。とようやっと理解するに至った。

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